
12月にリサイタルを開くウクラインスカヤ
※仙台国際音楽コンクール提供
展覧会の絵は死と再生の物語
仙台コンクールの覇者、
ウクラインスカヤが
12月に東京でリサイタル
仙台国際音楽コンクールピアノ部門の覇者、エリザヴェータ・ウクラインスカヤが12月、東京でリサイタルを開く。ロシア出身の本格派として、《展覧会の絵》を主軸に据えたロシア・プロ。生粋のサンクトペテルブルクの音楽家らしく、オンライン・インタビューでは、深く向かい合ってきた《展覧会の絵》の作品解釈の言葉があふれ出た。注目のリサイタルとなりそうだ。
藤盛一朗◎本誌編集
──プログラムは大変興味深い構成です。
プロコフィエフといえば、大きな音、高速、難解のイメージ。ですが、《「シンデレラ」から10の小品》は、違います。若々しいというより、まるで5~6歳の子どものような音楽です。あっちに走っていったり、こっちに来たり、好奇心にあふれています。子どもの持つ良い面が音楽になったような曲です。「シンデレラ」というだれもが知る童話に基づき、後にはバレエ作品に結実します。
それに対し、ラフマニノフの《楽興の時》は、作曲したのは若かったにもかかわらず、成熟を思わせる音楽です。一つところにとどまっての賢慮や深みが感じられる。ロ短調の第3曲など、クライマックスもなければ、筋書きも存在しない。ただ、一つの状態の表現です。
このように前半の曲を特徴づけるなら、後半のムソルグスキー《展覧会の絵》は永遠性です。

仙台国際音楽音楽コンクールで
優勝者インタビューに答えるウクラインスカヤ
(6月29日、日立システムズホール仙台)
※仙台国際音楽コンクール提供
死から生への移り行き
バーバヤガーと「キーウの大門」
──ウクラインスカヤさんは、ムソルグスキーの研究者としての顔も持ちます。作品はサンクトペテルブルクの音楽であり、画家のニコライ・ガルトマンとの交流がきっかけになって生まれました。
《展覧会の絵》は、死と生の物語と私は捉えます。ムソルグスキーが友人のガルトマンに最後に会ったのは、ガルトマンの死の半年前。ムソルグスキーはその時、ガルトマンがそうとはみえなかったにもかかわらず、早逝を直観したというのです。
プロムナードは、ムソルグスキーが自分で書いている通り、ガルトマンの遺作の展覧会を歩いている彼自身。そして、ダンテの「神曲」の地獄めぐりのように、ムソルグスキーは自分が案内役となって死の世界に下りていきます。
全曲でもっとも大切な部分は、「カタコンベ」の「死者の言葉で死者とともに」です。プロムナードのメロディが、抑揚なしで奏でられます。ここは、生から死の状態への移り行き。心電図の波形がなだらかになり、その後、心臓が停止するかのようです。
そして「バーバヤガー」へ。ロシアの神話では、(魔女の)バーバヤガーは、集団の庇護者であり、監督者でもある。子どもが大人になる通過儀礼として、幼い子どもは、丸焼きにされるが、やがてよみがえります。バーバヤガーは快活なだけでなく、死から生への移り行きのシンボルです。
このことは、キリスト教に重なります。イエス・キリストの死と復活です。《展覧会の絵》のどこでそれが起こるかといえば、終曲の「(キーウの)大門」。教会の鐘や、古きロシアの聖歌も響きます。
ここではプロムナードのテーマが変化します。始まりは一人の人間──ムソルグスキーでした。「大門」では、全世界のスケールにまで拡大します。世界が復活します。すべてが新しくなります。
世界の刷新は、この曲の重要な思想です。死に覆われた世界から永遠へ。ムソルグスキーは、愛の力でガルトマンをよみがえらせ、世界をも復活させようとします。
ドストエフスキーの有名な言葉が思い浮かびます。「美は世界を救う」──。ドストエフスキーは、キリストの美が世界を救うという言葉を創作段階で書いています。十字架上で死に、復活したのがキリストです。世界を救うのは、愛である。この曲はこう語りかけます。
彩色施したラヴェルの管弦楽版
──ロシア文学と音楽の融合とは、ペテルブルクの音楽家ならではのお話であると感じます。ラヴェル編曲によるオーケストラ版と、原曲をどのように比較しますか?
ラヴェルはこの作品に彩色を施しました。管弦楽版は、非常に鮮やかです。ですが、それは外的なストーリーで、作品の内面的な哲学や悲劇的な側面についてはラヴェル版はなにももたらしません。
私はラヴェルの管弦楽版がとても好きです。「古城」のサクソフォン・ソロから逆にインスピレーションを得て演奏に生かしています。ただ、ラヴェルによる音楽は外面的なストーリーであって、この曲の本質は、もっと深いものだと考えます。
そして、私はラヴェルを許せないことが一つあります(笑)。「サムエル・ゴールデンベルクとシュムイレ」の後のプロムナードをカットしたことです。(※ラヴェルが編曲時に使用したのは、リムスキー=コルサコフの校訂版で、その校訂版がカットを施していた)
カットされたプロムナードには、大きな特徴があります。始まりのプロムナードの主題が一手で弾かれるのに対し、ここでは二手で弾きます。なぜか。ムソルグスキーは、この金持ちと貧しいユダヤ人をそれぞれ描いた2枚の絵をガルトマンから贈られていました。展覧会の会場を進むのは、冒頭のムソルグスキー1人から、ここではガルトマンとの2人になります。最後の「大門」は、すべての人々。この曲は、1人からすべてへの移行の部分と受け取れるのです。カットは誤りです。
──仙台国際音楽コンクールでは、カワイを選択しました。今回も、カワイのピアノが特別に用意されると聞いています。
仙台では順に、ピアノを選びました。スタインウェイは弾きやすかった。ヤマハも自分に近いと感じました。ですが、3番目にカワイを弾いた時、「これは私の楽器だ。私にぴたりだ」と思ったのです。
サンクトペテルブルク音楽院付属特別音楽学校で学んだ後、サンクトペテルブルク音楽院を卒業し、同音楽院で毎年1人の音楽家にのみ授与される「最優秀卒業生賞」を受賞。ピアノと室内楽の教鞭をロシアを代表する同音楽院で執る。パルマ・ドール国際ピアノ・コンクール(2021年)、ブレーメンのヨーロッパ・ピアノコンクール(2016年)で第1位に輝き、2025年6月の仙台国際音楽コンクールピアノ部門で優勝。2021年と23年にはヴェルビエ音楽祭に参加し、特別賞を受賞した。
12月17日(水)19:00 浜離宮朝日ホール
プロコフィエフ:「シンデレラ」からの10の小品
ラフマニノフ:楽興の時
ムソルグスキー:組曲《展覧会の絵》
問い合わせ:朝日ホール・チケットセンター 03-3267-9990