岡本稔◎音楽評論家
沖澤のどか(指揮)
サイトウ・キネン・オーケストラ
(デッカ・クラシックス) UCCD-45032/3
4400円(2CD)
指揮者に望まれるすべての要素を兼ね備えた沖澤
SKO楽員と音楽する喜びにあふれた演奏展開
2024年のセイジ・オザワ松本フェスティヴァルにおけるライヴ。沖澤は作品に対する様式感、表現アプローチ、そしてふさわしい響き、表現イディオムといったおよそ指揮者に望まれるすべての要素を兼ね備えた若手としては稀有の存在と言ってよい。楽員とのコミュニケーションも良好でともに音楽する喜びにあふれた演奏を展開。そして、全体に漂うみずみずしい情感が音楽をより魅力的なものとしている。彼女からは目が離せないだろう。
ヨアフ・レヴァノン(ピアノ)
ミヒャエル・ザンデルリンク(指揮)
ルツェルン交響楽団
(ワーナー)2173242397 オープン価格
※輸入盤
イスラエルの神童レヴァノンが19 歳で録音
傾倒するリストのピアノ協奏曲を表現豊かに
イスラエルに生まれ、神童の名をほしいままにしているレヴァノンの2024 年1月、19歳の記録。ライナーに彼自身が寄せている文章からも明白なように、リストへの傾倒ぶりは尋常ではない。それは演奏にもダイレクトに反映されている。あたかも作曲者自身が弾いているように止めどもなく流れる楽想の豊かさは比類ない。技術的な問題は皆無と言ってよく、デモーニッシュな深淵をのぞかせることこそないが、音楽表現の豊かさも申し分ない。
石戸谷結子◎音楽評論家
アスミク・グリゴリアン(蝶々夫人)、ジョシュア・ゲレーロ(ピンカートン)、ホンニー・ウー(スズキ)、ほか
ケヴィン・ジョン・エドゥセイ(指揮)コヴェント・ガーデン
王立歌劇場管弦楽団&合唱団
モッシュ・ライザー&パトリス・コーリエ(演出)
(ナクソス)NYDX50382 5500円
※BD、OPUS ARTE原盤、日本語字幕・解説書付き
世界最高の蝶々さん歌手
美声と劇的な歌唱が魅力
2024年3月、ロイヤル・オペラの映像。いまや世界最高のバタフライと称されるグリゴリアンの美声とドラマチックな歌唱が最大の聴きもの。15歳の無邪気な少女から、2幕の強い母へと変貌してゆく凜(りん)とした演技が感動的。03年にプレミエを迎えた演出だが、日本人スタッフによる所作などの変更で、違和感のない日本的な舞台。ピンカートン役のゲレーロは、4月の東京春祭《蝶々夫人》でも来日して歌う話題の若手テノール。伸びやかでリリックな声の持ち主で、演技も巧い。
●シューベルト:「ます」「音楽に寄せて」「ミューズの子」「夕映えに」「シルヴィアに」「夜と夢」「星」、ほか全19曲
フィリップ・ジャルスキー(カウンターテナー)、
ジェローム・デュクロ(ピアノ)
(ワーナー)9029673768
※CD、輸入盤、ERATO原盤、日本語解説・歌詞付き。
名カウンターテナーが捧げる
シューベルトへのオマージュ
ジャルスキーとシューベルトの歌曲という、意外で新鮮な驚きのディスク。最初の「万霊節のための連禱」から、その透明な響きの声とひっそりした歌い方に魅了される。ドイツ語の響きがやさしく、発音がキュート。言葉が浮かび上がり、心が洗われるような感覚を覚える。「春に」「音楽に寄せて」など、名曲を次々と歌っていくが、「星」「夕星」「夜の曲」など、神秘的な曲が選ばれている。白眉は「夜と夢」。まさにジャルスキーのシューベルトへのオマージュが感じられる一枚。
鈴木淳史◎音楽評論家
トマ・ジャリ(ピアノ)
(Aparte)AP352 2CD オープン価格
対旋律を付け足して立体的な響き
バッハのもう一つの鍵盤組曲のよう
無伴奏チェロ組曲のピアノ独奏版だ。ビンドマンによる同様の編曲が、最低限の和音を付け足しただけだったのに対し、ジャリは欲張った。対旋律を付け足して立体的に、さらに装飾音も加えつつも、当時の様式には忠実。バッハのもう一つの鍵盤組曲のように仕上げたのだ。ガヴォー製ピアノの柔らかくも、クリアな響きもいい。幼かったジャリが音楽院で出会って魅了され、その後ガラクタ同然になっていた楽器を修復して弾いている。