新譜CD&DVD一覧

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新譜CD&DVD

交響曲・管弦楽曲・協奏曲

岡本稔◎音楽評論家

シューベルト:交響曲第8番「ザ・グレイト」

シューベルト:交響曲第8番「ザ・グレイト」

●シューベルト:劇付随音楽「魔法の竪琴(ロザムンデ)」序曲
ハインツ・ホリガー(指揮)
バーゼル室内管弦楽団
(ソニー)SICC-30542 2750円

ピリオド・スタイルを取り入れ、きわめて音楽的に

 先日、東京における80歳記念コンサートで矍鑠かくしゃくとした演奏を披露したホリガーの最新盤。オーボエ奏者でこの高齢になると衰えが見えてくるもの。しかし、ホリガーはそれをほとんど感じさせず、更なる円熟の芸を聴かせてくれた。同時に驚かされたのが指揮者としての腕前の確かさだ。ここではバーゼル室内管とのシューベル・チクルスの第1弾として第8番を指揮している。ピリオド・スタイルも取り入れながら、きわめて音楽的な演奏を実現する。

フルトヴェングラー/伝説のコンサート(1947~53)

フルトヴェングラー/伝説のコンサート(1947~53)

●ブラームス:交響曲第1番(ルツェルン祝祭管)
●ベートーヴェン:交響曲第1番(アムステルダム・コンセルトヘボウ管)
●メンデルスゾーン:ヴァイオリン協奏曲(トリノ・イタリア放送交響楽団)、他
ヴィルヘルム・フルトヴェングラー(指揮)
(ターラ/キングインターナショナル)KKC-4189/94 オープン価格(6CD)

円熟期の演奏から垣間見える巨匠の知られざる横顔

 リマスター技術によって根強い人気をもつtahraから、フルトヴェングラーの円熟期の演奏が6枚組の3つのアルバムの形でリリースされた。ツアーの演奏を収めたベルリン・フィル篇、ウィーン・フィル篇もきわめて貴重だが、ルツェルン祝祭管、トリノ・イタリア放送響、アムステルダム・コンセルトヘボウ管、ハンブルク・フィル、北ドイツ放送響との1947年から53年の演奏を収めた6枚組は巨匠の知られざる横顔を垣間見えるファン必携のものだ。

室内楽・器楽

伊熊よし子◎音楽ジャーナリスト

ドビュッシー:前奏曲全集

ドビュッシー:前奏曲全集

●ドビュッシー:前奏曲集第1巻、デルフィの舞姫/帆/野を渡る風
/夕べの大気に漂う音と香り/アナカプリの丘/雪の上の足跡/西風の見たもの
/亜麻色の髪の乙女/とだえたセレナード/沈める寺/パックの踊り
/ミンストレル、他
ウラディーミル・アシュケナージ(ピアノ)
(Paladino Music)PMR-0100 オープン価格

半世紀経ても作品へのアプローチは変わらないアシュケナージ

 アシュケナージが2017年にウィーンでドビュッシーの前奏曲集第1巻をレコーディング。そしてここには、1971年にニューヨーク市立大学ハンター校で収録した第2巻のライヴが収録されている。これらの録音は長い年月を隔てているものの、アシュケナージの作品に対するアプローチはまったくゆるがず変わらず、ドビュッシーの意図するところへひたすら肉薄。楽譜に忠実で王道をいく演奏は、安心感と、本物を聴く歓びに満たされる。

J.S.バッハ:ヴィオラ[・ダ・ガンバ]とチェンバロのためのソナタ集

J.S.バッハ:ヴィオラ[・ダ・ガンバ]とチェンバロのためのソナタ集

●バッハ:ソナタト短調BWV1029/アリア~カンタータ第5番「われはいずこにか逃れゆくべき」より第3曲テノールのアリア≪豊かに溢れ、流れ出してください≫、他
アントワン・タメスティ(ヴィオラ)
鈴木優人(チェンバロ)
(キングインターナショナル)KKC-6057 3300円

ヴィオラとチェンバロの音の対話が心をとらえる

 ヴィオラ界のエースとしてさまざまな活動を行っているアントワン・タメスティ。彼が盟友のチェンパリスト鈴木優人と組んでバッハの「ヴィオラ・ダ・ガンバとチェンバロのためのソナタ」を録音した。バッハの真骨頂ともいうべき各声部の歌わせ方、ふたつの楽器の掛け合い、シンプルな和声からヴィルトゥオーゾ的な要素まで、ふたりの音の対話が輝きと奥深さと洞察力の深さをたたえ、心をとらえる。テノールのアリアもかぐわしく上質なデュオ。

輸入盤

鈴木淳史◎音楽評論家

シューマン:交響曲第2&4番

シューマン:交響曲第2&4番

●シューマン:歌劇「ゲノヴェーヴァ」序曲/交響曲第4番(1841年初稿)
/交響曲第2番
ジョン・エリオット・ガーディナー(指揮)
ロンドン交響楽団
(LSO Live)LSO-0818 オープン価格(SACDハイブリッド)

こんなに爽やかなのに、どこか巨匠風のガーディナー流

 メンデルスゾーンに続く、シューマン・チクルス第1弾。「ゲノヴェーヴァ」序曲は、アクセントをあえて抑えて滑らかに運ぶ。交響曲第4番は、初稿を使用。この版独得の流れの悪さをアーノンクールのように強調することなく、やはり滑らかに繋げようとするのがガーディナー流。すると、アゴーギクをかましまくった往年の巨匠風の運びに似てくるのが面白い。こんなに爽やかな演奏なのに。第2番も、スケルツォ中間部のフーガなど優雅。