岡本稔◎音楽評論家
井上道義(指揮)、NHK交響楽団
アレクセイ・ティホミーロフ(バス)
オルフェイ・ドレンガル男声合唱団 (合唱指揮:セシリア・リュディンゲル)
(オクタヴィア) OVCL-00893 3,850円
曲への心からの共感を込めた井上道義のタクト
バス独唱、男声合唱も秀逸
ショスタコーヴィチ作品の演奏をライフ・ワークとしていた井上道義が、引退した2024年にNHK交響楽団に客演した際の記録。ウクライナのキーウ近郊の渓谷バビ・ヤールにナチス・ドイツの親衛隊が多くのユダヤ人市民を連行し、虐殺を行ったことを扱ったエフトゥシェンコの詩は、今日の世界情勢にもつながる内容をもつ。暗鬱な響きで始まる曲を井上は心からの共感をもって表現。作曲者が曲に込めた心情を明らかにする。バス独唱、男声合唱も秀逸だ。
トゥガン・ソヒエフ(指揮) ウィーン・フィルハーモニー管弦楽団
ピョートル・ベチャワ(テノール) ウィーン少年合唱団
(ソニー)SICC-2367 2,970円
世界的テノール、ベチャワも加わった名曲の数々
ウィーン・フィル奏者たちも心から楽しんで演奏
ウィーン・フィルのニューイヤー・コンサートが限られた客層のための催しであるのに対し、シェーンブルン宮での夏の野外演奏会は幅広い音楽愛好家に生演奏を提供する場。楽員はこの演奏会でなければ取り上げられないような名曲の数々を心から楽しみながら弾いているようだ。演奏会は直前に起こったグラーツでの銃撃事件の犠牲者を悼むバッハ《管弦楽組曲第3番》の「アリア」にはじまり、テノールのベチャワも加わって夢のような名曲の宴がつづく。
伊熊よし子◎音楽評論家
J.S.バッハ:トッカータBWV.910~916
フランチェスコ・トリスターノ(ピアノ)
(Fine Arts Music) FAMCD-0001 3300円
歓びと推進力が漲(みなぎ)るトリスターノの意欲作
フランチェスコ・トリスターノが自身のレーベルで行っているバッハ・シリーズの第4弾「トッカータ集」が登場。秋の世界発売前の日本先行限定盤で、今年6月に渋谷で収録されたばかり。トリスターノ特有の躍動するリズムと鋭敏なタッチ、疾走するような勢いが満載。ときにオルガンの深い響きを思わせ、またあるときはチェンバロのかろやかさを想起させる自由自在なタッチに耳を奪われる。全編に歓びと前進する力がみなぎる意欲作だ。
石戸谷結子◎音楽評論家
ケイト・リンジー(メゾ・ソプラノ)、ヨハン・クリスティンソン(バリトン)、ヴェロニカ・エーベルレ(ヴァイオリン)、トーマス・コルネリウス(オルガン)
クラングフェルヴァルトゥング合唱団、カペラ・ヴォカーレ・ブランケネーゼ ほか
ケント・ナガノ(指揮)、ハンブルク州立フィルハーモニー管弦楽団
(ナクソス)NYCX-10528 5940円
※輸入盤国内仕様、日本語解説・歌詞訳付き、BIS原盤
《マタイ》《ハレルヤ》など加わる初演シーンを再現
2022年ハンブルク・エルプフィルハーモニーでのライブ。35歳のブラームスが作曲した《ドイツ・レクイエム》は1868年の「聖金曜日」にブレーメンで初演。曲の合間にバッハやシューマン、ヘンデルなどの曲がヴァイオリンとオルガン、声楽で演奏された。その初演シーンを再現した企画(この時はまだ5曲目は未完)。ナガノの演奏は溢れる情熱を抑制した静謐な情感に満ちた演奏。ケイト・リンジーが《マタイ受難曲》のアリアをオペラティックに歌い、《メサイア》では晴れやかな合唱が響く。
鈴木淳史◎音楽評論家
ネーメ・ヤルヴィ(指揮)、エストニア国立交響楽団
(ナクソス)CHAN20373 オープン価格
※Chandos原盤
作品が持つ滑らかな推移を浮き彫りに
巨匠指揮者フルトヴェングラーが作曲した交響曲第2番。ブルックナー作品をより複雑に練り上げたような大作だ。作曲家自身による演奏のほかに、ヨッフムやバレンボイムなどの録音もあるが、久々の新録音となる。主題間などの対比の弱さが以前から指摘されていたが、この演奏を聴くと、後期ロマン派ならではの滑らかな推移こそがこの作品の魅力と気づかせてくれる。おそらく史上最速のテンポ。終楽章など滔々とした流れが印象的な演奏だ。