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Interview with

庄司紗矢香

庄司紗矢香
©Laura Stevens

「陽気さの中の悲しさ。悲しみの中の笑い」

モーツァルトを語る

ミナーシ指揮都響と共演 3月にはリサイタル

藤盛一朗◎本誌編集

 庄司紗矢香が、モーツァルトの《ヴァイオリンと管弦楽のためのアダージョ》K.261 と、シューマンのヴァイオリン協奏曲を東京都交響楽団の定期演奏会で弾いた(11月29日、東京芸術劇場)。指揮はリッカルド・ミナーシ。人生の師と呼び、欧州やロシアで共演を重ねたテミルカーノフが亡き今、庄司が「もっとも音楽を共有できる」と信頼する音楽家の一人である。
 都響とは2002年のベルティーニ指揮ブラームスのヴァイオリン協奏曲で初共演。大野和士指揮のショスタコーヴィチのヴァイオリン協奏曲第1番、「プラハの春」音楽祭でのドヴォルザーク・ヴァイオリン協奏曲(小泉和裕指揮)と名演の歴史を刻み、共演は今回が15回目となる。
 庄司はこの日のモーツァルトで、奇跡とすら呼びたいボウイングを駆使し、青空に浮かぶ刷毛のような雲を思わせる弱音表現を聴かせた。シューマンでは、きわめて掘りの深く、内省的な音楽を奏でた。庄司が編曲したシューマンの《夕べの曲》をソロ・コンサートマスターの矢部達哉をはじめ弦の首席奏者たちとアンコールで弾いたのも、都響との絆があってこそだった。
 庄司は3月に、ジャンルカ・カシオ―リとともに、モーツァルトのヴァイオリン・ソナタ第24番や、ブラームスのヴァイオリン・ソナタ第1番《雨の歌》を組み合わせたデュオ・リサイタルに臨む。2回にわたって掲載する庄司のインタビューから、初回はモーツァルトについての言葉を紹介する。


庄司紗矢香
ミナーシ指揮都響とモーツァルトの
《ヴァイオリンと管弦楽のためのアダージョ》
K.261を演奏する庄司紗矢香
(提供:東京都交響楽団©Rikimaru Hotta)

──3月に取り上げるモーツァルトの24番のソナタは、ウィーン時代の作品。実人生は、ザルツブルクの大司教との緊張関係の中にありました。

 モーツァルトのソナタと人生はあまり関連づけられないのではないかと思います。例外は、母を亡くした時に生まれたホ短調のK.304 のソナタ。感情的です。ただ、その時もお父さんには亡くなったことを伝えられず、手紙でうそを言っています。本当はとても悲しかったのに。モーツァルトは性格として心の中をみせないところがある。あまりに繊細だったからでしょう。音楽に作曲家の人生が現れてくるのは、ベートーヴェンやロマン派以降です。

──第24番のソナタは、ヘ長調です。

 ヘ長調は、独特の温かみをたたえます。温かな光を感じる。ベートーヴェンでは《春》がそうですね。希望かな。
 モーツァルトは意識して調を選んでいると思います。(《ドン・ジョヴァンニ》や《レクイエム》のニ短調は、悲劇的です。

──ソナタの始まりは、和音の連続。のちのベートーヴェン《英雄交響曲》を思わせます。

 ウィーンで自分の力を示したいという思いがのぞくようです。
 認められたいという意識や、お父さんに成功を報告したい気持ちはあったと思います。成功ばかり意識するな、とレオポルドにたしなめられることもありました。

庄司紗矢香
拍手を受ける庄司紗矢香
(提供:東京都交響楽団©Rikimaru Hotta)

置かれるべき場所にすべての音
相反するもの共存 多層的

──モーツァルトの音楽は何が特別でしょうか?

 すべての音が置かれるべき場所に置かれていることです。ベートーヴェンは苦労をしながら作曲をしましたが、モーツァルトは、格別の努力が必要なかった。自然に息をするように曲を書いています。
 そして、陽気さの中の悲しさ。悲しみの中の笑い──。そういう相反するものがいつも両面に存在します。
 軽い音楽にとられがちですが、違います。本当はとても繊細で、多層的です。一つのフレーズや言葉に、含まれているものがある。それを気負わずに表現したいと思います。

シンプルさの中からはせる思い

──このソナタの中にも悲しみはあるということでしょうか。

 いろんな表情が出てきます。弾いてみないと分からない。それがモーツァルトの音楽の深みでもあります。演奏するたびに、その日その日で感じることが違う。シンプルさの中に、どのようにも捉えられるものがあります。俳句や詩のように、シンプルな形式から思いをはせる。中に詰まっていることを演奏者や聴衆が想像する。そういう芸術なのではないかと思います。

──ヴァイオリンに限らず、素晴らしいと思う作品は何でしょう?

 モーツァルトはやはり、オペラの作曲家です。なにをおいてもオペラと切り離せない。私も音楽を始めるきっかけになったのは、オペラでした。幼少のころ、イタリアの野外劇場でオペラにふれ、歌手になりたいと思いました。歌うことへの憧れが、ヴァイオリンや音楽を選ぶことにつながりました。

──もっとも好きなオペラ作品は?

 《ドン・ジョヴァンニ》かな。人間の弱いところやだめなところがありのまま、愛を込めて描かれています。それをすべて表現できるのはすごいなと思います。

──ムーティも、「モーツァルトのオペラは、作品の中に私たちが自分自身を見出せる」と語っていました。

 200年以上経った今も、共感できます。普遍的な人間の姿が描かれているからです。変わらない何かがモーツァルトの音楽にはあります。

──しかも、あの旋律です。

 本当にそうです。笑いだけではない。モーツァルトの音楽には奥深さが存在します。


Shoji Sayaka

東京に生まれ、3歳でイタリアのシエナに移住。キジアーナ音楽院とケルン音楽大学で学び、14歳でルツェルン音楽祭にて、ルドルフ・バウムガルトナー指揮ルツェルン祝祭管弦楽団との共演でヨーロッパ・デビュー、及びウィーン楽友協会に出演した。
1999年、パガニーニ国際コンクールにて史上最年少優勝。メータ、マゼール、ビシュコフ、ヤンソンス、テミルカーノフなどと共演を重ねた。都響をはじめイスラエル・フィル、フィルハーモニア管、クリーヴランド管、ロンドン響、ベルリン・フィル、ロサンゼルス・フィル、ニューヨーク・フィル、聖チェチーリア国立アカデミー管、チェコ・フィル、サンクトペテルブルク・フィル、マリインスキー管などと共演してきた。

庄司紗矢香&ジャンルカ・カシオーリ デュオ・リサイタル

3月6日(金) 19:00 サントリーホール

ヴァイオリン:庄司紗矢香
ピアノ:ジャンルカ・カシオーリ
モーツァルト:ヴァイオリン・ソナタ第24番 K. 376
ブラームス、ディートリッヒ、シューマン:《F.A.Eソナタ》
ダラピッコラ:タルティニアーナ第2番
ブラームス:ヴァイオリン・ソナタ 第1番《雨の歌》

問い合わせ:ジャパン・アーツ 0570・00・1212