《運命の力》や《展覧会の絵》 日本で集中指揮

藤盛一朗◎本誌編集
欧州や米国でオペラ、シンフォニー指揮者として活動する八嶋恵利奈がこの9月、二期会のオペラ《運命の力》や名古屋フィル定期、東京都交響楽団プロムナードコンサートに相次ぎ出演した。シカゴ響でムーティ、フィラデルフィア管でネゼ=セガンのアシスタントを務めた経歴を持ち、日本での指揮に期待が高まる中、確かな手腕をみせた。
八嶋はドイツ・ハノーファー生まれ。2022~24年にベルリン・コーミシェ・オーパーの第1カペルマイスターを務め、メトロポリタン歌劇場では《魔笛》を指揮。ロンドン・フィルやフランクフルト放送響の舞台にも立ってきた。
──二期会との《運命の力》の後、名古屋フィルや都響の演奏会で指揮をしました。オペラと演奏会の両方に軸足を置く指揮活動のスタイルが感じられました。
両方のバランスを取るのは、とても重要なことだと思います。ドイツで育ち、父が交響楽団のヴァイオリン奏者だったこともあって初めになじんだのは、管弦楽曲です。ベートーヴェンやモーツァルトの交響曲。ショスタコーヴィチ、チャイコフスキー、ドヴォルザーク、そしてもちろんブラームス…。ただ、声やドラマにはいつも大きな関心がありました。そもそも、モーツァルトの交響曲は、オペラを知らなくては、本当には聴いたことになりません。
私の指揮のアプローチは、ドラマティックです。作品の背後に、ドラマの存在をみて指揮をします。
メトロポリタン歌劇場で《魔笛》

都響を指揮する八嶋恵利奈
(9月26日、サントリーホール©Rikimaru Hotta)
──メトロポリタン歌劇場で、最近指揮をしたのがモーツァルトの《魔笛》です。
《魔笛》は、私が最初に見たオペラです。サヴァリッシュ指揮のバイエルン州立歌劇場。VHSのテープでしたが、子どものころ、家で1人になるたびに見て、パパゲーノをはじめ登場人物や、あらゆるシーンを覚えてしまいました。大好きになりました。
──そもそも指揮を志したのは?
ピアノを専攻していましたが、中途から指揮も並行して学びました。指揮の方が、ずっと自由に表現できると感じました。
──ムーティに師事し、シカゴ響でアシスタントを務めた経歴が目を引きます。
始まりはラヴェンナのムーティのオペラ・アカデミーでした。3週間のマスタークラスです。ヴェルディの《ファルスタッフ》をみっちり、学びました。シェークスピアの話もあり、登場人物たちの心理を学びました。細部の表現を掘り下げていくのです。ムーティは、細部を大切にする人です。
シカゴ響では、演奏会形式のヴェルディの《アイーダ》、《ファルスタッフ》、《レクイエム》など。リハーサルは本当に魅力的で、言葉抜きで音楽の雰囲気を作り上げ、特別な音色を引き出し、響きを調えてしまいます。ムーティはブルックナーも好きで、4番、7番、9番をシカゴで指揮しました。
ネゼ=セガンとの会話

©中川幸作
──シカゴに続いて、フィラデルフィア管弦楽団でもネゼ=セガンのアシスタントを務めました。若手の指揮者で、伝統あるこの二つの楽団に在籍した人は珍しいのではないでしょうか?
そうかもしれません。シカゴ響とフィラデルフィア管は、音色が本当に異なります。シカゴの特色は、やはり金管。フィラデルフィアは、弦が強力で、豊かな音色を持ちます。ベルベット(ビロード)のようです。
ネゼ=セガンといえば、こんな会話を思い出しました。「あと3分しか音楽を聴けないなら、何を聴きたいか」とだれかに尋ねられた時、セガンは「ブルックナーの9番の第3楽章」と答えたのです。最後のところ。(天に昇っていくような)形而上的な音楽ですよね。ブルックナーは私も大好きです。
──名古屋フィルとの《運命の力》序曲や、《展覧会の絵》では、金管がいつも以上に響き、バランスも万全と感じられました。両楽団で研鑽を積んだ経歴と重ね合わせました。
指揮が良かったと言ってくれるのですね(笑い)。楽員が素晴らしかったのはもちろんですし、ラヴェルの優れた編曲のおかげでもあります。バランスのことは、聴衆が入った後も予想しながら、いつも意識して練習しています。
──二期会の《運命の力》公演では、東京フィルの演奏が素晴らしく、初日のカーテンコールでは、楽員たちがピットの中から八嶋さんに熱心に拍手を送っている光景が印象的でした。
東京フィルは、劇場で演奏する経験が日本ではもっとも豊富な楽団だと聞いていました。(ウィーン国立歌劇場管弦楽団の選抜メンバーでつくる)ウィーン・フィルの楽員たちは、歌手といつも演奏しているからこそ、よく歌います。それと同じ美質を東京フィルは持っているように感じました。
──首席クラリネットのソロなど、積極的な表現の味わいは格別でした。 よかったです。ファンタスティックな演奏でした。
──《運命の力》の解釈では、どんな面を重視しましたか?
このオペラは宗教的な側面がとても大切だと思います。私が特に感動するのは第2幕の終盤のレオノーラのアリアです。
──祈りの場面ですね。
形而上的な音楽に心打たれます。歌劇場の音響はふつうドライですが、新国立劇場は違いました。柔らかな音を追求できました。あそこはブルックナーのような音楽だと思いませんか。
希望を感じさせる終幕の音楽
──物語上は救いがたい悲劇ですが、今回の全幕の終わりの音楽のつくり方は、温かく、希望すら感じさせるものでした。
その通りです。登場人物たちは、死んでいくけれど、互いに祈り合う。終わりの音楽は希望を感じさせます。ムーティは「ヴェルディは形而上的である」と言っていました。「宗教的な要素が大切だった」と。
──演出は、戦争を前面に出し、人々をそこに煽りたてる存在には恐ろしいほどのリアリティがありました。現在の世界状況を思い起こさせる意図があったと思います。だからこそ、終結は心に響きます。
その通りです。同時に、コミカルな要素も、私は指揮をしながら楽しみました。今回、こんなに早く日本でのオペラ指揮デビューができたことに感謝しています。
──次に日本でオペラ作品を指揮する時には、どんな作品を取り上げたいですか?
そうですね(考え込む)。ワーグナーの《ローエングリン》や《タンホイザー》です。大合唱の存在感が大きい作品です。
──今回の来日では、ロシア音楽が目立ちました。
ロシア音楽は、自分に合います。十代から聴いてきて、自分の中に深く入り込んでいます。
──日本で次に指揮をしたい交響曲は?
マーラーの4番や5番。4番には特に思い入れがあります。ブルックナーは4番、6番、7番、8番、そして9番。ロシアものではショスタコーヴィチの7番です。ネゼ=セガンがベルリン・フィルを指揮した演奏は、ものすごいものでした。
──オペラ作品で特に思いがあるのは?
ドヴォルザークの《ルサルカ》です。ベルリンのコーミシェ・オーパーでも指揮しました。
──尊敬する指揮者や過去の巨匠は?
第1にムーティ。ネゼ=セガンは私のロールモデルです。そして、カルロス・クライバーです。レパートリーは狭かったのですが、指揮をした名曲は、信じられないほど細部が作り込まれています。どこまでも音楽家であろうとした人。ルバートは誇張に陥ってはなりませんが、クライバーのルバートは特別です。ウィーン・フィルのニューイヤーコンサートでの《美しく青きドナウ》。味わい豊かで香気にあふれます。そして、《ばらの騎士》。ニュアンスに富む特別な指揮です。
──クライバーの指揮では、日本での《こうもり》序曲をよく覚えています。
クライバーの《こうもり》序曲は、まさに完璧です。