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vol.145 ピアノ 横山幸雄

「弾き振り」で ベートーヴェン、ショパン
愛知室内、日本フィル、PPTと相次ぎ共演

「作曲家の世界 より深く知ることができる」

ピアノ 横山幸雄
ピアノ協奏曲第1番を演奏する横山と愛知室内オーケストラ
(2023年10月19日、愛知県芸術劇場コンサートホール)
©K.Nakagawa 写真提供:AOC愛知室内オーケストラ

寺田俊也◎本誌編集

 モーツァルトの時代、ピアノ協奏曲は作曲家がソリストと指揮者を兼ねる「弾き振り」が定型だった。19世紀に演奏家の分業化が進み、「ソリスト+指揮者+オーケストラ」という形が定着したが、今ではベートーヴェン以降の協奏曲でも「弾き振り」をする奏者が現れている。愛知室内オーケストラとベートーヴェンのピアノ協奏曲全曲演奏のプロジェクトを昨年から続けるなど、弾き振りに積極的な横山幸雄に話を聞いた。


──愛知室内のほか日本フィルとのショパン、パシフィックフィルハーモニア東京とのベートーヴェン…。ピアノ協奏曲の「弾き振り」コンサートに多く取り組んでおられます。

「晴れオケ」とは全曲演奏体験

 協奏曲の演奏スタイルには大きく分けて三つあります。最も一般的な形は、指揮者がいてオーケストラを指揮、ソリストと共演するもの。次に、指揮者を置かないアンサンブルがソリストと一緒に音楽を作っていくやり方。2016年にヴァイオリニストの矢部達哉君率いる「トリトン晴れた海のオーケストラ」と僕が共演した「ベートーヴェン ピアノ協奏曲全曲演奏会」はまさにその形です。そして三つ目が今行っている「弾き振り」で、ソリストが指揮者を兼ねてオーケストラと共演するスタイルです。
 指揮者がオーケストラを率いる協奏曲の演奏では、指揮者に任せる部分が大きく、ソリストは、オーケストラの音に耳を澄ませてはいるものの、自分のソロ部分の演奏に徹するわけです。指揮者によっても変わってきますが、僕が思っているような音楽にぴったり合う場合もあれば、ああ、こんな行き方もあるのか、と驚く場合もあります。そういうおもしろさがある。また、ピアノが前面に出て、その響きがソリスティックにはっきり聞こえるというメリットもあります。
 指揮者のいない室内アンサンブルとの場合はどうか。「晴れオケ」のような団体であれば、矢部君を中心に集まったメンバーなので、どういう音楽をやりたいかという基本的な方向性が初めから決まっています。共有できる仲間内で集まっているので、お互いの音を聴きながらアンサンブルをしようという形ですね。

表情や息遣いを確かめ演奏

 そして「弾き振り」。これは、ソリストであり指揮者でもある自分が、ピアノ以外の部分でも、トータルとして協奏曲に感じていることを奏者たちに伝えなければなりません。そのため、指揮者がいる時とは異なり、オーケストラの方を向いて(客席に背を向けて)演奏します。彼らの音が最もよく聞こえ、全員の顔の表情や息遣いが分かり、全体のバランスも取りやすいのです。どのプレーヤーからも僕の表情が容易に見て取れます。弾き振りではオーケストラ・パートのすべてを把握していなければならないので、新鮮な気持ちで協奏曲に当たることができます。

交響曲や序曲も指揮

──愛知室内オーケストラとのベートーヴェンの協奏曲シリーズでは交響曲なども指揮していますね。

 若い頃からオーケストラとの共演を通して指揮者は難しい職業だなと感じていました。指揮の技術はともかく、団員をまとめ上げることなど、まるで魔術師のようなイメージを抱いていたのです。ただ、年を重ねていくうちに、自分の中で指揮者というものが次第に近しく感じられてきたのも事実です。10年以上前から「弾き振り」をしてみないかというお話はあったのですが、コロナなどが重なり実現しないままになっていました。
 そうこうするうちに愛知室内オーケストラから、ベートーヴェンの協奏曲の「弾き振り」のお話をいただき、もちろん喜んでお受けしたのですが、では他のプログラムはどうしようか、と考えていたら、あちらから「それならシンフォニーも振ってみませんか?」とのご提案。これにはさすがに驚いてしまいました。元々、様々なオーケストラ曲を聴くのは好きなのですが、シンフォニーを指揮することなんて考えたこともなかったので。でも、やったことがないから、やってみようかなと。僕はそういう性格なので(笑)、挑戦することにしました。

──選曲はどのように?

 僕の演奏活動の二本柱はベートーヴェンとショパンです。これまで何度も弾いてきましたが、もっと深く彼らの音楽を理解するには、協奏曲を弾き振りするだけでなく、周辺の音楽家のオーケストラ作品を指揮することがとても大切な経験だと考えています。
 昨年10月に愛知室内オーケストラとベートーヴェンのピアノ協奏曲第1番を演奏した時は、シューベルトの劇音楽《キプロスの女王ロザムンデ》序曲とハイドンの交響曲第104番《ロンドン》を、今年5月の協奏曲第2番の時にはウェーバーの歌劇《オベロン》序曲、メンデルスゾーンの《イタリア》交響曲を指揮しました。実際に演奏してみて、音楽史的な流れやベートーヴェンとショパンの関係性が自身で実感できたことは非常に大きい。音楽の流れを肉付けしていくことができ、自分にとっての勉強という要素も大きいのです。

欲しい音求め、試行錯誤

──指揮はどなたかに習われたのですか?

 いいえ。欲しい音を出してもらうのに、どのような言葉、身振りをすればオーケストラに伝わるのか、そこはもう試行錯誤の連続です。ともあれ、協奏曲の弾き振りや指揮をしてみることで、単にピアノを弾いている時よりも、はるかにレパートリーが増え、作曲家の世界により深く足を踏み入れることができます。音楽家としての幅を広げていけるかな、と思っています。そしてピアノを弾く時にそうしたものが帰ってくればいい、と…。


横山幸雄 Yokoyama Yukiov

1971年、東京生まれ。東京芸術大学、パリ国立音楽院で学ぶ。1990年ショパン国際ピアノ・コンクールで歴代の日本人として最年少で入賞(1位なしの3位)。以来数々の賞を受ける。2010年に生誕200年を記念して「ショパン・ピアノ独奏曲 全166曲コンサート」(1日で14時間をかけ暗譜で演奏)を行い、生誕250年に当たる2020年には2日間でベートーヴェンのピアノ・ソナタ全曲を演奏するなど、インパクトのある“重量級”のコンサートを数々企画、実現してきた日本を代表するピアニストの一人。日本パデレフスキ協会会長。

ここで聴く

《愛知室内オーケストラ 特別演奏会》
横山幸雄(指揮/ピアノ)×ACO ベートーヴェン協奏曲シリーズ Volume3

11月1日(金)18:45 愛知県芸術劇場コンサートホール

ベートーヴェン:《コリオラン》序曲
交響曲第3番《英雄》
ピアノ協奏曲第3番
※2025年には、ピアノ協奏曲第4、5番を同シリーズで演奏する(日程、他演目は未定)。
問い合わせ:愛知室内オーケストラ
TEL)052・211・9895

《パシフィックフィルハーモニア東京》
第168回定期演奏会

8月17日(土)14:00 東京芸術劇場 コンサートホール

ベートーヴェン:ピアノ協奏曲第1番、第2番、第4番
横山幸雄(ピアノ・指揮)パシフィックフィルハーモニア東京
問い合わせ:パシフィックフィルハーモニア東京チケットデスク
TEL) 03・6206・7356