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vol.153 ピアノ 金子三勇士

熱情と運命 ともに響くチャルダッシュ

金子三勇士
「音楽を通じた社会への発信が今、求められている」と語る金子三勇士

両曲をリサイタルで

 金子三勇士(みゆじ)が、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第23番《熱情》と交響曲第5番《運命》にリストのピアノ曲を組み合わせたリサイタルを2月22日、横浜みなとみらいホールで開く。《熱情》と、《運命》(リスト/金子三勇士編曲)は、俊英ピアニストの中でどのように重なり合うのだろうか。

藤盛一朗◎本誌編集

──公演PRで「理系作曲家の対比」をうたっています。ベートーヴェンは理系でしょうか?

 楽譜に向き合っていると、和音の選び方、楽章の組み立てなど、いかに論理的に組み立てているかが分かります。ベートーヴェンは演奏時間も計算します。リストも、バッハに通じる論理性が感じられます。

技巧の裏に情熱と感情

──この2人を組み合わせる企画の意図は?

 私にはハンガリーというアイデンティティがあります。ブダペストのリスト音楽院で学び、(弟子の連なりの)音楽家系図でリストから5代目に当たる教授3人に学びました。リストは、チェルニーの弟子であり、ベートーヴェンに連なります。
 コロナ禍を経て災害や政治、経済のニュースが絶えない。変化の時代です。音楽家として、社会への発信が大切だと思います。
 リストは超絶技巧や魔術師のイメージが先行します。ですが、裏にはその技巧を用いて表現したかったドラマや情熱、感情が存在します。ベートーヴェンの《熱情》ソナタがまさにそうです。技巧を凝らしながら、パッションを隠すことなく前面に表現しています。

──その感情とはどのようなものでしょうか?

 難聴に苦しんだ気持ちではないか。不思議に思うのは、日によってまったく異なるイメージが湧くことです。わくわく感のこともある。ディープで暗いものという時もある。情緒がこうも変わるのは、《熱情》特有です。

終結部でテンポアップ

──《熱情》にも運命動機が現れます。作曲時期が近接しており、《運命》との関連が気になります。

 《運命》の運命動機とリンクしています。《熱情》の第3楽章に注目してほしいところがあります。一番最後、急にテンポアップしてヒートアップするところ。あれはハンガリーの舞踊音楽、チャルダッシュなのです。ハンガリー系貴族のエステルハージ家との付き合いがあり、ベートーヴェンにはハンガリーとの接点がありました。チャルダッシュ(酒場の踊り)は、そもそもはパロダーシュ(貴族の踊り)とセット。エレガントな貴族の踊りが、パチンとスイッチが入って切り替わります。《熱情》の最後は、ハンガリー人から見るとチャルダッシュ以外の何ものでもない。私は演奏当日、相当テンポアップすると思います。
 そして、《運命》終楽章。実はコーダで低弦が急速なテンポで第1主題を弾きます。これはまさにチャルダッシュです。ここまでリンクしているのを見ると、私は同時期に書かれたと考えます。

──そもそもチャルダッシュをもってくるのはどんな意味があるのでしょうか?

 魂や感情が弾けていく。いろいろなドラマや困難があったけれど、その困難を乗り越え、最後は明るく楽しく元気よく、というエネルギーです。

明るくも感じる第1楽章

──《熱情》の最後はなお「暗」の世界であるようにも感じますが…。

 ぼくは明るいと思います。第1楽章の始まりも、日によっては明るく感じる。2オクターブユニゾンで、右手が高い分、明るさを響きとして弾きだすこともできます。2回目は、中間部分で長調になります。ぼくの中では、《悲愴》に比べれば、《熱情》は明るめの曲に入ります。

──第2楽章については?

 ぼくにとっては暗い音楽。ひたすら低音です。重々しく、暗い。どの音域を使うかというのは、作曲家の中で計算されつくされている。理系です。ひたすら低いというのは、なんらかの意図があったと考えます。

──《運命》交響曲は全曲を演奏します。リストはなぜ交響曲の編曲を行ったのでしょうか?

 地方の音楽体験の乏しさを知ったからです。そもそも当時は録音技術がなく、生演奏しかない。限界まで挑み、さまざまな音楽を届けようとしたのです。
 ただ、現代の聴衆には交響曲としてのイメージがあります。当時のピアノとホールが前提になっているリストの編曲では、少し物足りないのも事実です。そこで音を足します。リストより1オクターブ下の音を加えますが、肌ばかりか骨にまで響く音がします。振動から伝わるベートーヴェン。こういう境地はピアノだからこそ、かもしれません。ピアノはハンマーを通して鳴る打鍵楽器ですので、弦楽器の音とは異なる独自の音があります。
 頭の中でいくつか音のヴァージョンを作り、当日のお客様の入りやピアノの状態で選ぶつもりです。

音楽を通した人間社会への教え

──ピアニストとして、《運命》の魅力をどう感じていますか?

 時空や次元を超えたエネルギーです。哲学も、教えも、生きるヒントもある時間芸術です。まるでベートーヴェンが目の前にいるかのような世界が生まれてくる。リストがいるかのような表現が生まれます。永遠に残る音楽作品であり、音楽を通した人間社会への教え。その教えはなにかと問われるなら、聴く人それぞれの受け取り方があると思う。それでいいと思っています。
 そのなんらかの教えが伝わる瞬間は、ぼくは生演奏だと思っています。テクノロジーが発達しているからこそ、今はそう思います。マンツーマンで、生で。コロナが出してくれた答えだと思います。


Kaneko Miyuji

1989年、日本人の父とハンガリー人の母のもとに生まれる。6歳で単身ハンガリーに留学。祖父母の家からバルトーク音楽小学校に通い、ハンガリーのピアノ教育第一人者チェ・ナジュ・タマーシュネーに師事。2001年(11歳)飛び級で国立リスト音楽院大学(特別才能育成コース)に入学、エックハルト・ガーボル、ケヴェハージ・ジュンジ、ワグナー・リタの各氏に師事。2006年(16歳)全課程取得とともに日本に帰国。東京音楽大学を首席で卒業、同大学院修了。2008年バルトーク国際ピアノコンクール優勝。

ゾルタン・コチシュ指揮ハンガリー国立フィル、ジョナサン・ノット指揮東響、小林研一郎指揮読響などと共演。ハンガリー、アメリカ、フランス、ドイツ、オーストリアなどで演奏活動を行なう。

ここで聴く

金子三勇士
演奏する金子三勇士
(2022年3月5日、サントリーホール。提供:ジャパン・アーツ)

金子三勇士ピアノ・リサイタル

2月22日(土)14:00 横浜みなとみらいホール

リスト:パガニーニ大練習曲集 第3曲《ラ・カンパネラ》
リスト:超絶技巧練習曲集 第4曲《マゼッパ》
ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ 第23番《熱情》
ベートーヴェン/リスト/金子三勇士:交響曲 第5番《運命》(ピアノ編)

問い合わせ:ジャパン・アーツぴあ 0570・00・1212