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vol.147 ソプラノ 中江早希

中江早希
©Ayane Shindo

第九は札響公演の合唱参加が
原体験

「目の前にいる『すべての人』少しでも元気づけたい」

聞き手 髙宮理彩子◎本誌記者

今年の年末にかけて、リベラ・クラシカ、バッハ・コレギウム・ジャパンとの第九共演を控えているソプラノ歌手の中江早希が、仕事先の金沢からオンラインで取材に応じた。第九との出会いは合唱だったという経験ならではの視点で、ソリストとしての立場以上に、調和や対話を重んじる姿勢が感じ取られた。


初舞台は札幌で

──初めて第九のステージに立ったのはいつ頃のことでしょうか?

 それを聞かれると思って、金沢まで楽譜を持ってきました!第九が好きすぎて、それぞれソリスト、合唱で出演した日にちと場所を裏表紙に全部書いているんです。最初に出演したのは2006年。当時は北海道教育大の1年生だったのですが、声楽家の長内(おさない)勲先生に「合唱が好きなら札響合唱団で歌ったらいいんじゃないか」と勧められ、団員オーディションを受けました。当時は人前で歌うことに慣れていなかったので、長内先生や指揮者の尾高忠明さん、審査の方々がずらりと並んでいた記憶は今でも残っています。
 そして札響合唱団に入団、その最初の公演が第九でした。12月26日、札幌コンサートホールKitaraです。当時は、今のように声楽家として活動するなんて夢にも思っていなくて、スコアにも、「Kitaraで第九を歌えるなんてすごいことだよね」とか書いているんですよ。なので私は第九を歌うことが、初心にかえるということなんです。

──現在はソリストとして多数出演されていますが、そういった合唱の経験もまた活きているのでしょうか。

 私は合唱パートを暗譜するまで練習してきたし、「ganzen Welt! ________」は誰よりも伸ばすという自負を今でも持っています。合唱の難しさを知っているからこそ、ソロを歌っている時、合唱パートへの親近感が強いです。終演後も、彼らに対して心の底から「ここのこの部分が素晴らしかったです!」というリスペクトが湧いてきます。

アンサンブルを大事に

──第九の難しさとはどういったものでしょうか?

 この作品は器楽的な要素がたくさん含まれているので、ソリスティックにはならないように意識しています。第九の場合、かなりの部分で歌い手とオーケストラが一緒の旋律をなぞります。いろいろな楽器の合間を縫ってソリストの旋律が生まれ、そこに言葉を当てはめるといった、少し不自由なところがあります。最後のソリの「Flügel weilt」のハーモニーなどは本当に難しいです。
 目的や場所によって考え方が変わってくるところも不思議なところだと思います。今年の3月に代役で出演した、オーケストラ・アンサンブル金沢の指揮者ミンコフスキさんは、古楽的な要素を求めていました。一方で、「みなさん、また毎年恒例の第九でお会いできましたね」という、憩いの場として第九を捉えている団体もあります。

──今年共演されるバッハ・コレギウム・ジャパンやリベラ・クラシカも古楽を専門とするオーケストラですが、声楽の技術的な面で、モダン演奏との違いはあるのでしょうか。

 具体的には、正確な音程感、管楽器やティンパニの音色を意識した声質などですね。あと、特にソプラノは変なところにアクセントがあったり、見落としがちな強弱記号があったりします。私自身は、ソリストとしてはこれまで第九に52回出演していて、もうさすがに昔のような楽譜の書き込みをしているわけではありません。でもやっぱり、合唱団の皆さんの熱意、この曲に対する憧れ、第九を歌いたいという気持ちに学ぶことが多いです。

──歌詞には「すべての人々 Alle Menschen」など、非常に広い意味の言葉がたくさん出てきます。今の中江さんは、具体的にどのような「人々」を想像して歌いますか?

 私の場合は、共演する団体やグループの思いというか、私一人の考えではないものを大事にしたいです。あとは、来てくださるお客さんや、出演者の皆さんが前に進めるような気持ちになってくれたら。世界中のみんなが幸せに、というよりは、目の前にいる人を少しでも元気づけられたらという気持ちで歌っていると思います。

中江早希 Nakae Saki

北海道鷹栖町出身。北海道教育大学岩見沢校芸術課程音楽コース卒業。東京藝術大学修士課程音楽研究科、同大学院博士後期課程を修了。第14回日本モーツァルト音楽コンクール声楽部門第2位。第12回中田喜直記念コンクールにて大賞を受賞。《ドン・ジョヴァンニ》ドンナ・アンナ役、《魔笛》夜の女王役のほか、シェーンベルク作曲《月に憑かれたピエロ》などのソプラノソロも務める。全国各地のオーケストラと共演。

ここで聴く

■オーケストラ・リベラ・クラシカ 第48回定期演奏会

10月6日(日)15:00 めぐろパーシモンホール 大ホール

ベートーヴェン:《ミサ・ソレムニス》より「キリエ」
交響曲第9番
指揮:鈴木秀美
ソプラノ:中江早希 アルト:布施奈緒子 テノール:櫻田亮 バス:氷見健一郎
管弦楽:オーケストラ・リベラ・クラシカ
合唱:コーロ・リベロ・クラシコ

問い合わせ:ヴォートル・チケットセンター TEL)03-5355-1280

■バッハ・コレギウム・ジャパン(BCJ) 特別演奏会

12月6日(金)19:00 東京オペラシティ コンサートホール

指揮:鈴木雅明
管弦楽・合唱:BCJ
ソプラノ:中江早希 アルト:清水華澄 テノール:宮里直樹 バス:加耒徹

問い合わせ:BCJ チケットセンター TEL)03-5301-0950