東京文化会館の独語・日本語2つの「冬の旅」公演
「『冬の旅』は私のドイツ歌曲の一番の原点です」
「シンプルな曲です。最後に残るのは白と黒です」
大学浪人中に大阪フェスティバルホールでディートリヒ・フィッシャー=ディースカウの「冬の旅」を聴いた。ディースカウの姿が自分の中でひとつの規範になった。
「来年どうしようか、と考えていたときでした。山口でしたから、歌手の演奏会に接することはあまりありませんでした。よく分らずに切符を買い、4人掛けの夜行列車で大阪に行きました。当時、『冬の旅』のLPはディースカウとヘルマン・プライしか出ていない時代です。カルチャーショックでした。ドイツ歌曲の一番の原体験です。ディースカウは50代前半でした。一挙手一投足、身振り手振りに無駄がなく、袖からステージに入ってきて、ピアノのところで向きを変える。流れるようでした。芸術とはこうあるべきだと思いました。音楽はいいな、歌をやってみたい、と思ったのです」
1985年にドイツに留学し、「憧れというより神様のような存在」だったディースカウのレッスンを受けることになった。「ドイツでは何度も聴きました。瞬時に客席とステージに自分の空間を作ります。本当に背後に歌われている人物が見えるようでした」。後に、その恩師から「彼は、素晴らしい解釈と驚くべき集中力でリートを演奏する」と絶賛された。
「美しき水車小屋の娘」「白鳥の歌」とともにシューベルトの3大歌曲集の1つ、「冬の旅」は1827年に作曲された。24曲からなるが、前半12曲は同年2月に、後半12曲は10月に完成した。31歳で亡くなる前年で、ミュラーの詩は死を求める失恋した若者の姿が描かれ、シューベルト自身の困窮と病気に苦しんだ晩年の姿が投影されているともいわれる。
「ものすごくシンプルでストイックな曲です。歌っているときは、いろんな色を出そうとするのですが、最後に残るのは白と黒の世界です。普通のコンサートは幸せな気持ちになって会場を出て行っていただくのですが、『冬の旅』はいかに暗くなってもらうかなのです。これは難しい」と話す。
「菩提樹」や「あふれる涙」、美しい女性と愛し合っている夢を見た、と歌われる「春の夢」など知られた曲も多い。
「たとえば『夕焼け小焼け』で、この夕焼けはどういう赤なのか、というイメージをお客様に与えなければ歌になりません。これは日本語であろうとドイツ語であろうと変わらないのです。できるだけ余分な着色をせずシューベルトの曲の中のエネルギーを出せるかです。『冬の旅』で歌われる、こういう男がいた、ということが伝わればと思います」
コンサートの前半は松本隆訳の「冬の旅」が日本語で、小林沙羅によって歌われる。聴き比べが楽しみだ。
山口県出身。東京藝術大卒、同大学院修了。ドイツ政府給費留学生としてミュンヘン国立音楽大学に学ぶ。その後ウィーン国立歌劇場研究員。ジュネーブ国際音楽コンクール声楽部門第2位(1位なし)、ヘルトゲンボシュ国際声楽コンクール歌曲部門第1位。ザルツブルク音楽祭、アムステルダム・コンセルトヘボウ、その他ヨーロッパ各地で公演。オペラは研究員時代のウィーン国立劇場をはじめ、リヨン・オペラなどに出演。リサイタル・シリーズ「新・歌物語」の第2回「ヴォルフの世界」は、平成15年度芸術祭優秀賞。横浜国立大教授。
MUSIC Weeks in TOKYO2013
プラチナ・シリーズ 第5回
河野克典&小林沙羅
ミュラーと松本隆 2つの「冬の旅」
2014年1月31日(金)18:30 東京文化会館小ホール
シューベルト:冬の旅
◎日本語版(松本隆訳)
小林沙羅(ソプラノ) 小原孝(ピアノ)
◎原語ドイツ語版
河野克典(バリトン) 三ツ石潤司(ピアノ)
■問い合わせ:東京文化会館 電話:03-5685-0650
■CD
シューベルト:「冬の旅」(写真)
(ナミレコード)WWCC-7592