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vol.141 ピアノ 伊藤恵

伊藤恵
「後期ソナタは究極の優しさにあふれています」と語る伊藤恵

伊藤恵がベートーヴェンの後期ソナタリサイタル
「慈愛で私たちを包み、生きる力を与えてくれる」

 伊藤恵が4月、ベートーヴェンのピアノ・ソナタ第30番、第31番、第32番を弾く連続リサイタルに臨む。後期ソナタを「ベートーヴェンの人生の集大成の境地」と呼び、真摯に作品に向き合っている。伊藤が作品世界の魅力を語った。

聞き手 藤盛一朗◎本誌編集


──後期ソナタをベートーヴェンの創作の中でどう位置づけますか?

 ピアノ・ソナタには32の世界があります。この3曲は、創造と破壊の積み重ねの果ての、人生の集大成の境地と感じます。容易に到達できない精神的な深み。私は「愛の三部作」と呼びます。
 人類愛あるいは神の愛。私にとってはベートーヴェン自身が神さまですが、慈愛で私たちを包んでくれる。煩悩を取り払い、京都のお寺や欧州の教会に入った時のように心を洗ってくれます。
 さらに生きる勇気を与えてくれる。自分のだめなところも含めて受け止めてくれる。こうした究極の優しさは、愛としか呼びえないのだと思います。

──個別の作品については?

 第31番には運命のモチーフがあります。運命との和解。耳が聞こえなくなったことですら、受け入れている。究極の寛容であり、運命を美しい世界に昇華しています。
 第30番の終楽章は天国にいるかのようです。第31番のフーガも光が差し込む。終わりに向かって反行形の「レラドソ」とフーガが再び始まるところ。真っ暗闇の夜が明けるように、天から光が注ぎます。
 そして第32番の第2楽章。第1楽章の試練を超えた先の静寂。そして歓喜。この世的でなく、形而上的な喜びです。
この曲は静かに終わる。以前はこれでおしまい? と感じていた。ですが今は、未来への扉が開いて曲が結ばれるように感じられる。希望を未来に託しているのです。

──弾き続けることで、解釈が変わってきたのですね。

 ベートーヴェン作品を中心にしたこのシリーズで第31番を弾いたのは、2022年。第1楽章は幸せな始まりと感じましたが、今は悲しみを背負った人の歌であると思う。第3楽章で「嘆きの歌」が出ますが、最初から悲しみに満ちている。表は喜んでいるようでも悲しい。あの「嘆きの歌」もベートーヴェンというよりもっと普遍的で、ベートーヴェンが私たち一人一人の悲しみや苦しみを代わりに嘆いているように感じられるのです。
 この三つの作品は、私たちが生きていてよかったと思わせてくれる。演奏する時にはベートーヴェンの音を代わりに出すだけの存在でありたい。「私」はいらない。こんな音楽を残してくれてありがとう、という思いで弾きます。


伊藤恵の「後期ソナタ」リサイタル

出演:伊藤恵

ベートーヴェン:ピアノ・ソナタ 第30番
        ピアノ・ソナタ 第31番
        ピアノ・ソナタ 第32番

仙台Ⅰゾンタクラブ チャリティーコンサート
4月7日(日)14:00
東北大学百周年記念会館川内萩ホール
http://sendai1-zonta.org/

4月20日(土)14:00
名古屋・宗次ホール
https://munetsuguhall.com/performance/general/entry-3580.html

4月26日(金)19:00
札幌・ふきのとうホール
https://www.rokkatei.co.jp/hall/fukinoto/

4月29日(月.祝) 14:00
紀尾井ホール

問い合わせ:カジモト・イープラス TEL)050-3185-6728