おすすめアーティスト一覧

過去のアーティストをみる

おすすめアーティスト

vol.135 指揮者、鍵盤奏者 鈴木優人

指揮者、鍵盤奏者 鈴木優人
「バッハの前ではだれもが学習者。《平均律》では、1曲1曲を弾き、
自分に足りないものを探し出し、教えてもらう」と語る鈴木優人
©藤本崇

「バッハの前ではだれもが学習者」

曲ごとに教え求め、通せば格別の境地に

 バッハの宗教作品や19世紀の交響曲、現代音楽など旺盛な指揮活動を展開する鈴木優人。チェンバロやオルガン奏者としての出演も多く、トッパンホールでは、2021年のバッハ《平均律クラヴィーア曲集》第1巻に続き、2024年1月に《平均律》第2巻を演奏する。インタビューの話題は、幼少のころから浸ってきたバッハの音楽や《平均律》の魅力、さらに10月に連続上演するヘンデルのオペラ《ジュリオ・チェーザレ》に広がった。

(藤盛一朗◎本誌編集)


──鈴木雅明さんを父に持ち、バッハの音楽に囲まれて育ったと聞きます。

 母の手ほどきで、《平均律クラヴィーア曲集》第1巻第1曲のプレリュードを弾いたのは、4、5歳のころでした。「この小節はどんな景色だと思う?」と問いかけられ、答えを一生懸命楽譜に書き込んだのを覚えています。父は、バッハ・コレギウム・ジャパン(BCJ)の結成以前から、チェンバリスト・オルガニストとして始終バッハを弾いていました。
 父が誕生日に《平均律》のCDを贈ってくれたことがあります。コープマンの第1巻、レオンハルトの第2巻のはずだったのですが、間違ってどちらも第1巻でした。「聴き比べになるからいいや」と。

《マタイ》を自由研究に

──バッハは、長男の教育のために作曲したとのことですから、雅明さんも同じ思いを込めたのでしょうか。

 そうかもしれません。小学6年生では、《マタイ受難曲》を夏休みの自由研究にしました。登校間際に課題があるのを思い出し、《マタイ》にはまっていたので今からできるのはこれしかない、と取り組んだのです。作品論です。バッハの生涯を紹介し、作品について解説し、各曲の編成を表にしました。何種類かのレコードの聴き比べも。富士通のワープロで書きました。「論文には結論が必要なんだよ」と父に言われ、あわてて結語を書きました。格好良いことを書いているんですよ(スマホから取り出して読む)。
 「《マタイ受難曲》という音楽は、まさしくバッハの信仰と対位法の結晶である。音楽としてただ美しいだけでなく、その内側からはかり知れないバッハの精神があふれだしているからこそ、何千という人で埋まったコンサート会場のすみずみまで感動で満たされるということは否定のしようもない」

練習曲集の性格と「連続性」の共存

──《平均律》全曲に取り組んだのはいつでしょうか?

 芸大生のころ。2巻はオランダに行ってチェンバロを習っていたころでした。
 《平均律》には連続性のなさ、という特徴があります。前奏曲とフーガからなる1曲、1曲が独立した構造物。練習曲として書いているので、ばらばらでも弾けます。
 一方で、通すこともできる。コントラストや変化をつけて、物語を作ることもできる。そうした連続性も存在します。バッハの意識は鏡のように透明だったのではないか。できたものはコーヒー、チャーハン、ケーキなどいろんなものが24個並んでいる。それを通して味わい、何かの境地に達することができる。それがこの曲を奇跡的にしているのだと思います。
 バッハの前では、だれもが学習者です。1曲1曲を弾き、自分に足りないものを探したり、教えてもらう。一方で大変なエネルギーを要するけれども、全部通すこともできる。通して弾けば、バッハの特別な「一貫性」を味わえます。それは、2時間のドラマといった安っぽいものではないのです。

技巧の中に深みを創出

──《平均律》は何についての音楽かと問われれば、どうお答えになるでしょう。

 24の調で提示できるものを作った。それに尽きるでしょう。技巧そのものに大事なものが詰まっている。技巧にとらわれるというのは現代では悪い意味で語られますが、バッハは技術の中に深みを作りました。

──バッハには、「宇宙」という言葉が似合います。

 一切表題を与えず、テンポも強弱も指定しない。音の組み合わせそのものにユニバースがあるということではないか。音符の連なりという抽象性が、ユニバースを感じさせます。

切れ味鋭いヘンデル
《チェーザレ》を連続上演

──《平均律》第2巻の演奏会が来年1月にトッパンホールで行われますが、この秋にはバッハと同時代を生きたヘンデルの《ジュリオ・チェーザレ》の連続公演が控えています。

 《チェーザレ》の音楽は素晴らしい。メロディが分かりやすく、はっきりしています。同い年でもバッハとは大きく違う。

──ヘンデルの音楽の良さは?

 舞台に奉仕する音楽です。音楽が劇を作る。音楽が言葉を引き立てます。切れ味も鋭い。

関西フィルの首席客演就任披露

──10月には、関西フィルの首席客演指揮者の就任披露演奏会に臨みます。

 アンサンブルの強化や、バロック、古典派のプログラムに取り組みたいなど、楽団の課題にぼくが合ったということのようです。メンバーはとても練習熱心ですし、どんな譜面を使うかといった準備から力を入れて臨みたい。

──メンデルスゾーン版のバッハ《マタイ受難曲》なども、東京より関西フィルで実現する方が早いかもしれませんね。

 それは大いにあるかもしれない。コロナ禍で、東響との公演を実現できませんでした。今後はBCJを中心に、クリエイティブ・パートナーの読響、そして関西フィル、さらに海外の活動を増やしていきたいと思っています。

鈴木優人(Suzuki Masato)

指揮者、作曲家、ピアニスト、チェンバリスト、オルガニスト。東京藝術大学およびオランダ・ハーグ王立音楽院を修了。アムステルダム音楽院にも学ぶ。

バッハ・コレギウム・ジャパン首席指揮者、読売日本交響楽団指揮者/クリエイティヴ・パートナー、関西フィルハーモニー管弦楽団首席客演指揮者、アンサンブル・ジェネシス音楽監督。指揮者としてNHK交響楽団、ハンブルク交響楽団、オランダ・バッハ協会など、国内外の多数のオーケストラに客演。オペラにも積極的に取り組んでおり、2022年には新国立劇場に初めて客演指揮した。調布国際音楽祭エグゼクティブ・プロデューサー。

ここで聴く

公演情報

●G. F. ヘンデル:歌劇《ジュリオ・チェーザレ》
 セミ・ステージ形式 イタリア語上演 日本語字幕付

10月7日(土)15:00 兵庫県立芸術文化センター大ホール
問い合わせ:芸術文化センターチケットオフィス 0798-68-0255

10月11日(水)16:00 東京オペラシティ コンサートホール
問い合わせ:ジャパン・アーツぴあ 0570-00-1212

10月14日(土)15:00 神奈川県立音楽堂
問い合わせ:チケットかながわ 0570-015-415

鈴木優人(指揮・チェンバロ)
ティム・ミード(チェーザレ)、森 麻季(クレオパトラ)、
マリアンネ・ベアーテ・キーラント(コーネリア)、加藤宏隆(クーリオ)、松井亜希(セスト)、
アレクサンダー・チャンス(トロメーオ)、大西宇宙(アキッラ)、藤木大地(ニレーノ)
佐藤美晴(演出)
バッハ・コレギウム・ジャパン(管弦楽)

●関西フィル 鈴木優人 首席客演指揮者就任披露記念演奏会

10月20日(金)19:00 ザ・シンフォニーホール

鈴木優人(指揮)
森 麻季(ソプラノ)
鈴木 准(テノール)
加耒 徹(バリトン)
関西フィルハーモニー管弦楽団(管弦楽)
ラモー(鈴木優人編):《優雅なインドの国々》組曲
ストラヴィンスキー:《プルチネルラ》(全曲版)
ブラームス:交響曲第1番

●関西フィル「第九」特別演奏会

12月9日(土)14:30 ザ・シンフォニーホール

鈴木優人(指揮)
澤江衣里(ソプラノ)
久保法之(カウンターテナー)
櫻田 亮(テノール)
加耒 徹(バリトン)
関西フィルハーモニー合唱団(合唱)
関西フィル(管弦楽)
ベートーヴェン:交響曲第9番《合唱付》
問い合わせ:関西フィル 06-6115-9911

●J.S.Bachを弾く 3 ―《平均律》第2巻

2024年1月14日(日)15:00 トッパンホール

鈴木優人(チェンバロ)
J.S.バッハ:《平均律クラヴィーア曲集》第2巻
問い合わせ トッパンホールチケットセンター 03-5840-2222