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vol.146 指揮者 ペトル・ポペルカ

ペトル・ポペルカ
「《わが祖国》の冒頭は未来を示し、フス派の賛美歌旋律は
真実を求める闘いを表す」と語るポペルカ ©千葉秀河

舞踊起源の鋭いリズム、
豊かな旋律に本質

チェコ音楽を語る

 チェコの俊英、ペトル・ポペルカが7月、プラハ放送交響楽団を率いて来日し、スメタナの《わが祖国》などで傑出した演奏を聴かせた。同楽団の首席指揮者兼芸術監督に加え、9月からはウィーン交響楽団の首席指揮者に就任。欧州での注目が一層高まっている。シュターツカペレ・ドレスデンの元コントラバス副首席奏者としてオーケストラの演奏経験も豊富なポペルカに、チェコ音楽の魅力を語ってもらった。

藤盛一朗◎本誌編集


──チェコ音楽の独自性をどのように捉えますか?

 軸をなすのはメロディーであり、リズムの鋭敏な感覚です。そして、ヤナーチェクに代表されるモラヴィア地方の音楽が三つ目の特色です。
 チェコの音楽は、踊りがベースになっています。中でも中心はポルカであり、とりわけスメタナ作品ではポルカはもっとも重要な要素です。ドヴォルザークは、メロディーの大家です。チェコの民謡はとても旋律が豊かで、オーケストラも旋律をよく歌います。ブラームスと比較してみましょう。ブラームスの音楽ももちろん、メロディーが豊かですが、ドイツの音楽ではメロディーより、建築物のような構造が先です。チェコやロシアでは、メロディー自体が重んじられます。ドヴォルザークは、多くのメロディーを生み出した作曲家であり、チャイコフスキーと並び立つ存在です。

──そのロシアのメロディーとの違いはどうお考えでしょうか?

 チャイコフスキーやラフマニノフ、グリンカ、ボロディンの書くメロディーは、空間的な広がりを感じさせます。国土が大きいですから。そして、調性感にも富んでいます。
 チェコの音楽は、センチメンタルではありません。心を震わせますが、センチメンタルやオペラティックな表現とは異なるのです。

──チェコを旅して感じたのは、同じ平原でもロシアとは異なることです。ロシアでは大地が果てしなく広がりますが、チェコの場合は教会が見え、隣村や町がすぐ現れます。

 その通りです。その相違がメロディーの違いを生むのかもしれません。チェコの風景は、シンプルです。自然は、親しみを感じさせます。それほど寒くも暑くもなく、暮らすのに楽です。

民謡が別々 リズムはより自由

──そして、ヤナーチェクに代表されるモラヴィア地方の音楽が大きな特色をなすのですね。 ヤナーチェクは、モラヴィアの民謡を収集しました。多様な方言を聴き、分析しました。モラヴィア音楽は、リズムが自由です。民謡はパルランド(話すよう)であり、レチタティーヴォ風です。

 モラヴィアとチェコ(ボヘミア)の違いは大きい。民謡は別々です。(打弦楽器の)ツィンバロンは、ヤナーチェクの音楽では典型的ですが、スメタナは用いません。モラヴィアのリズムはより自由で、その音楽はもっと明快です。ハンガリーに共通する面もあります。

──プラハ放送響の特色は?

 鋭いリズム感と、奏者同士がともに旋律を歌うこと。柔軟性。そして、弱音から強音にいたるダイナミックレンジの大きさです。ホルンは、大きな音より、セクションとしてともに演奏することを尊びます。

本物の音楽の歴史を生きる

──チェコはなぜこれほど多くの傑出した音楽家を生みだすのでしょうか?

 人口1千万人の小国ですが、本物の音楽の歴史があるということでしょう。私たちにはスメタナ、ドヴォルザーク、ヤナーチェク、マルティヌーがいます。彼らはチェコ音楽を独自なものにしたのです。その歴史を私たちは生きています。

──来日公演では、生誕200年のスメタナの代表作《わが祖国》を演奏しました。

 比類のない音楽です。第1曲「ヴィシェフラド」(高い城)は、プラハの古城。王たちがそこで暮らした場所で、チェコの歴史のシンボルです。

川を旅する「モルダウ」

──ハープで始まる動機は何を表しているのでしょうか?

 豊かな未来です。チェコという国の偉大な歴史を物語る最初の部分。「未来をみてください」「その豊かさを想像してください」──。
 第2曲「モルダウ」(ヴルタヴァ)は、だれもが知っている名曲です。見事なのは、川、水、音楽が完全に一体化していること。聴く者は川を旅します。村のほとりに来るところは叙情的。タッタッタッタというのは典型的なポルカ。危険な場所(聖ヤンの急流)を通り、プラハに流れ入るところは、とりわけ美しい。ヴィシェフラドの下に至り、二つの動機がともに奏でられます。

作曲術が際立つ終曲の2曲

──第3曲の「シャールカ」以降はがらりと雰囲気が変わります。

 もっともドラマティックな曲です。伝説「乙女戦争」の女性、シャールカによる復讐劇が描かれます。第4曲の「ボヘミアの森と草原から」には、チェコの自然に対するスメタナの純粋な愛が表れています。
 そして、「ターボル」と「ブラニーク」の2曲。終曲のこの二つは、私が心から愛する音楽です。ターボルは、チェコ西部の市。フス戦争でプロテスタントのフス派の拠点となりました。スメタナは、フス派の賛美歌を用い、それを軸に曲を作りあげています。「ブラニーク」は山の名前。チェコの伝説では死んだ兵士たちが眠っており、チェコが攻撃を受けると、立ち上がって助けにやって来る。率いるのは、チェコの聖人、聖ヴァツラフです。

──チェコの人々にはフス派の賛美歌はどのような存在なのでしょうか?

 たくさんの音楽に使われています。だれもが知っており、(権力者でもあったカトリック教会に異議を示した)フスとフス戦争の歴史は、チェコの歴史の重要な一部です。
 この賛美歌の旋律は、真実を求める闘いを意味すると私は考えます。

帝国主義と別物の愛国心

──とても愛国的な音楽と感じられます。

 その通りです。ですが、帝国主義的な愛国心とはまったく別物です。とてもユニークな愛国的感情です。

──子供時代の《わが祖国》との出会いを教えてください。

 家では父や祖父が熱心にラジオの定時ニュースに耳を傾けていました。8時、9時、10時…。時報代わりにハープの冒頭旋律が流れるのです(笑)。
 学校では「モルダウ」を聴きました。そして、5月12日。「プラハの春」音楽祭の開幕で毎年演奏される《わが祖国》は、テレビで全国放映されます。子どものころから、耳を傾けました。
 私たちプラハ放送交響楽団は、スメタナ生誕200年の今年、シーズンの閉幕にこの曲を選びました。入場券は3、4カ月前に売り切れ。急きょ2回目の演奏会を設定しましたが、こちらも1カ月前に完売しました。

──チェコ音楽年は、ドヴォルザークの年でもあります。チェロ協奏曲の第2楽章、第3楽章はとりわけ深い感興にあふれていますね。

 チェロの音楽の中でもっとも重要な曲であり、協奏曲のジャンルの中でも傑出しています。協奏曲というより、むしろ「チェロ付き交響曲」です。中でも第3楽章の終わりにかけての部分は、胸を打ちます。内面のドラマであり、感情と追憶、そして愛に満ちているのです。