師事した故オブラスツォワに捧げるリサイタル
生誕100年、ロシアの国民的作曲家スヴィリドフ作品
「先生に祈りを込めて歌いたいと思っています」
日本を代表するバス歌手であるとともに、ロシア声楽曲の第一人者として活躍してきた。日本初演したロシア作品は数知れず。この人の活動歴がすなわち日本におけるロシア声楽曲の受容史と言える部分も大いにある。
毎年秋にリサイタルを開催しており、今年は9月7日に東京文化会館小ホールで開催。これが第29回となる。歌うのは、ソビエト時代のロシア人作曲家、ゲオルギー・スヴィリドフ(1915〜98)だ。ショスタコーヴィチの弟子で、ロシアの民族的主題に基づく作品を多く遺した作曲家である。今年が生誕100年。
「ショスタコーヴィチとも個性が違って、歌謡性があります。淡々と安らかで、大衆性を帯びた作品が多いですね。そして、独特な和声が特徴です」と岸本。スヴィリドフとは生前、手紙のやりとりがあり、以前コンサートで歌った際、「私は、あなたのコンサートで私の作品が演奏されるのをとても喜んでいます。成功をお祈りします」という旨のメッセージを受け取っている。
1980年代から現在まで、モスクワ放送の看板ニュース番組のオープニング曲にスヴィリドフの曲が使われ、2014年のソチ・オリンピックの開会式でも使用された。ロシア人なら誰でも知っている曲、というほどの国民的作曲家。そんなことからソビエト体制派の作曲家と見なされることもあるが、実際にはそうではない、と岸本は話す。
「今回歌う『ともづなを解かれたロシア』は、昔のロシアを懐古する内容で、それはすなわちソ連体制への批判も伴っています。もとの詩を作ったエセーニンも反体制派でしたし」
コンサートでは、スヴィリドフの3つの異なる顔を描き出す。「ともづなを解かれたロシア」では、反骨精神を持ったロシアの作曲家としての顔。「シェイクスピアの詩による7つの歌」では、劇音楽の作曲家としての顔。「R・バーンズの詩による9つの歌」では、スコットランドの詩人に寄せたロマンティックな顔。そしてこのバーンズ詩の曲の最後には「さようなら!」を置いた。
今年1月に逝去したロシアの大歌手、エレーナ・オブラスツォワに捧げる。オブラスツォワは、岸本が講師を務める武蔵野音楽大学で客員教授として指導に当たっていた。その縁で岸本は20年以上前から、彼女のレッスンを個人的に受けてきた。
「今年のリサイタルでスヴィリドフを歌うことをお伝えして、レッスンしていただいていました。オブラスツォワ先生も、スヴィリドフの作品をいくつも初演してきた方。先生に祈りを込めて歌いたいと思っています」
1972年東京芸術大学卒業、74年同大学院修了。73年日本フィル「第九」、大阪フィル「森の歌」でデビュー。76年 文化庁派遣芸術家在外研究員としてイタリア、オーストリアに留学。77年ローマ・サンタ・チェチーリア・アカデミー修了。74年、第5回チャイコフスキー国際コンクール最優秀歌唱賞他、数々の国際コンクールで入賞を果たす。ロシア音楽をライフワークにしており、 “日本屈指のバス歌手”であると同時に“ロシア音楽の第一人者”として高く評価されている。2012年に日本人歌手初の「プーシキン・メダル」(ロシア文化勲章)を授与された。武蔵野音楽大学講師、二期会会員、二期会ロシア歌曲研究会主宰。
第29回岸本 力 バス・リサイタル
エレーナ・オブラスツォワ先生に捧げるロシア歌曲の夕べ
ゲオルギー・スヴィリドフ生誕100年記念
9月7日(月)19:00 東京文化会館 小ホール
出演:岸本 力(バス)、小笠原貞宗(ピアノ)、森山太(朗読)
二期会ロシア歌曲研究会
第18回定期演奏会
創立20周年記念コンサート
9月22日(火・祝)18:00 東京文化会館 小ホール
■問い合わせ:二期会チケットセンター ●03-3796-1831