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vol.134 オクサーナ・リーニフ 指揮者

オクサーナ・リーニフ 指揮者
ウクライナ・ユース響のTシャツを着てほほ笑むリーニフ。
アルフォンス・ミュシャ作「トスカ」をあしらった衝立をバックに
(7月、ベルリン市内にて©中村真人)

「日本での《トスカ》指揮 待ち遠しい」
ボローニャ歌劇場音楽監督。ウクライナ出身

 ウクライナ出身のオクサーナ・リーニフは、躍進が目立つ女性指揮者の中でもひときわ輝く存在だ。2021年に女性として初めてバイロイト音楽祭を指揮し、翌22年にボローニャ歌劇場の音楽監督に就任。この11月には来日公演を率い、プッチーニの《トスカ》を指揮して日本デビューを飾る。7月のベルリン州立歌劇場への客演中の際のインタビューで、リーニフはヴェルディ、ワーグナーの秘話やボローニャに息づく音楽史、来日公演への意欲を語った。

聞き手=中村真人 音楽ジャーナリスト(ベルリン在住) text by Nakamura Masato

ヴェルディが隠れていた

──ボローニャ歌劇場との最初の出会いについて聞かせてください。

 2021年3月、コロナ禍で多くの公演がキャンセルになった時期、ボローニャ歌劇場は私の指揮で無観客のストリーミング配信を行うことになりました。曲目はモーツァルトの交響曲第25番とシューマンの交響曲第2番。私は美しい劇場のど真ん中で指揮をしながら、260年前にグルックのオペラによって幕を開けたこの劇場の途方もない歴史に思いを馳せました。誰もいない客席に、ロッシーニ、ドニゼッティ、ワーグナーといった縁の作曲家が座っているような錯覚を覚えたほどです。楽員は、奥のロージェを指差して、「あそこにヴェルディが隠れていたのよ」と教えてくれました。

──ヴェルディが「隠れていた」とは?

 1871年11月19日にワーグナーの《ローエングリン》がこの歌劇場でイタリア初演された時、ヴェルディはお忍びで聴きに来ていたのです。彼は《ローエングリン》のピアノ伴奏譜を見て、ワーグナーの才能に嫉妬します。そんな中、このオペラのイタリアでの成功を目の当たりにしたわけです。当時、イタリアではすでに「ワーグナーは進歩的、ヴェルディはやや時代遅れ」という見方が流布していました。ヴェルディはそのことに痛みを感じ、聴きに来たことを人に見られたくなかったのでしょうね。
 その後ヴェルディはスランプに陥り、何年も作曲から遠ざかりましたが、晩年に《オテロ》と《ファルスタッフ》という傑作を書き上げます。彼はワーグナーのスコアを研究して自分のスタイルに取り入れ、音楽をシンフォニックな方向へと進化させたのです。
 ヴェルディとワーグナーはボローニャ歌劇場にとって今も最重要の作曲家で、劇場のホワイエにはこの2人の像が飾られています。

トスカニーニ、チェリビダッケが指揮

──初めて指揮したボローニャ歌劇場のオーケストラの印象はいかがでしたか?

 感情表現の豊かな演奏をします。過去に数多くの偉大な指揮者と共演し、独自の伝統を育んできたことも大きいでしょうね。古くはトスカニーニ、チェリビダッケ、そしてシャイー、ティーレマン、ガッティ。初共演はとてもうまくいき、オケといいコンタクトを築くことができました。

バイロイト直前にオファー
イタリア初の女性音楽監督に

──そして音楽監督就任の打診が届いたのですね?

 ええ。2021年7月に私がバイロイト音楽祭にデビューする少し前だったと思います。私はオファーを即座に受け入れました。ヴェルディとワーグナーの話をしましたが、私にとってオペラ芸術の2つの柱であるイタリア音楽とドイツ音楽が交わるこの劇場の歴史に魅了されたのが大きな理由です。
 翌年1月に音楽監督に就任したのですが、実はイタリアの歌劇場で史上初の女性音楽監督だそうです。ヴェネツィアに端を持つ400年近いイタリアオペラの歴史で……。ボローニャ歌劇場がイタリアで初めてワーグナーを上演したように、初の女性監督を受け入れてくれたことに感謝しています。

──ボローニャでの生活と仕事について聞かせてください。

 イタリアで仕事をするのは私の長年の夢でした。その中でもボローニャはイタリア音楽の中心地。古くはモーツァルトを始め、多くの著名な音楽家を指導したジョヴァンニ・マルティーニ神父が知られています。レオポルド・モーツァルトは当時14歳の息子に、「お前はすでに多くを成し遂げたが、ボローニャでディプロマを取得したらどこでも通用する」と言ったほどで、ここの音楽アカデミーの会員には、モーツァルト、ロッシーニ、ヴェルディ、プッチーニ、ワーグナー、サン=サーンス、ブラームスなど、錚々たる作曲家が名を連ねています。
 6月中旬に市内のマッジョーレ広場で行った野外コンサートは感動的でした。地元の音楽大学のオーケストラを指揮したのですが、ボローニャ歌劇場の音楽監督が学生と共演するのも史上初だったとか。ボローニャ市長のアイデアにより実現し、実に5000人もの市民が来場したそうです。垣根を越えたこのような仕事は私には大切で、若い音楽家にとっても大きなモチベーションになったと思います。

伊語でギリシア・ローマ神話読む

──イタリア語の習得はいかがですか?

 本をたくさん読むようにしていて、ちょうど今、オウィディウスの『変身物語』を読んでいます。実は来年、「神話とクラシック音楽」という若者のための新しいコンサートシリーズを始める予定です。ギリシア・ローマの神話を選んだのは、それがヨーロッパの芸術と哲学の発展の基礎だから。例えば、ルネサンスやバロックの芸術を神話の知識なしに理解することは不可能です。シェークスピアを読む時もそう。ワーグナーのオペラの台本にも古代神話の世界がこだましています。
 来年5月の最初の公演は、水がシンボル。海の神ネプチューンの話をしてから、ドヴォルザークの《ルサルカ》やワーグナーの《さまよえるオランダ人》において波や風、嵐がどのように表現されているかを紹介します。このシリーズを通じて、若い人たちをクラシック音楽の世界に誘いたいですね。

《トスカ》の大切なメッセージ
初めての指揮は母国のオデッサ

──来日公演では、《トスカ》を指揮します。このオペラの魅力は?

 イタリアオペラに最後の頂点をもたらしたプッチーニは、私の大好きな作曲家です。現代社会では、人はますます孤立し、デジタル化の中で社会的なコンタクトが減っています。資本主義によって世界は殺伐とし、技術的な発展の一方で、我々の心や感情は何かを失っている。プッチーニが19世紀から20世紀初頭にかけて残した音楽は、我々に大切なメッセージを投げかけます。「人間らしい感情や魂を失わないで」と。《トスカ》は人間性や人間関係をテーマにした、イタリアオペラの真の傑作です。
 スカルピアが公邸としていたファルネーゼ宮殿やトスカが身を投げるサンタンジェロ城など、ローマの実在の場所を舞台にしていて、この都市の雰囲気が感じられるのもこのオペラの魅力です。感情表現が多面的で、トスカを夢見るカヴァラドッシの繊細な心情を描いたアリアがあるかと思えば、力を誇示してトスカを求めるスカルピアの迫真に満ちた表現も。
 私はウクライナのオデッサ歌劇場で初めてこのオペラを指揮し、2021年にロイヤル・オペラ・ハウスにデビューした時も《トスカ》でした。このオペラを携えて日本に行けるのが待ち遠しいです。

ウクライナの若手音楽家支援
今は人生をかけたミッションに

──リーニフさんは国際的な活動の一方で、2016年にウクライナ・ユース交響楽団を設立するなど、故郷ウクライナとの結びつきを大切にしています。

 昨年ロシアがウクライナに侵攻して戦争が始まって、ウクライナ・ユース響は私の人生をかけたミッションだと思いました。なぜならこのオケの活動を通して、才能に満ちたウクライナの若者を支援できるからです。
 先日、私の指揮でドイツツアーを行いました。参加者は14歳から23歳まで。最年少の子に感想を聞いたら、こう言いました。「信じられないような体験だった。2週間新しい友達と共に過ごして、ベートーヴェンの《運命》を一緒に演奏できて……。その間爆弾は飛んでこなかったし、地下シェルターに逃げる必要もなかった」。実際、家や家族、学校や先生を失った彼らにとって、このオケはある種の「島」であり、亡命先になっています。新しい友達に出会い、連帯を感じられる場所。単に音楽だけの場ではありません。
 ヨーロッパ中にメンバーの受け入れ先の家族を探し、募金を集めて、彼らが戦争の期間を生き延びられるよう支援しています。一方で、兵役等でウクライナに残っているメンバーもいます。18歳以上の男性はドイツツアーに招待されても、2つの省庁の許可を得ないと国外に出られません。1〜2週間一緒に演奏して、また戻っていく…。
 今年4月、ベルリン・フィルがキーウ交響楽団と共にウクライナ・ユース響とパートナーシップを結んでくれたことには深く感謝しています。ベルリン・フィルのメンバーが来てレッスンをしてくれたり、フィルハーモニーでコンサートをする機会を提供してくれたりということが、彼らにどれだけ大きな力になるでしょうか。
 我々のコンサートではベートーヴェン、モーツァルト、メンデルスゾーンの古典だけでなく、ウクライナの作曲家の作品も演奏します。この時代に新曲を委嘱することで、我々のオケは「声」になります。それは攻撃を受けている人間の声であり、次世代の人たちが決して戦争を経験することがないようにというステートメントでもあります。もちろん、ウクライナだけでなく、全世界のために。
 このような状況下でも、今年39人の新しいメンバーを獲得しました。我々がヨーロピアンであり、ヨーロッパの伝統につながっていることをこのプロジェクトで世界に示したいのです。