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vol.143 ソプラノ 迫田美帆

兵庫芸文の《蝶々夫人》で主役を務める迫田美帆
兵庫芸文の《蝶々夫人》で主役を務める迫田美帆
©飯島隆/写真提供:兵庫県立芸術文化センター

蝶々夫人 言葉と音楽 緊密な結びつき

「『通るピアニッシモ』追求したい」
兵庫芸文の7月公演で主役 迫田美帆

 佐渡裕の率いる兵庫県立芸術文化センターが7月、プッチーニ《蝶々夫人》を上演する。2005年の開館の翌06年、8回公演を成功させ、08年に再演した人気プロダクションの改訂新制作。主役を歌う迫田美帆は、作曲者の微細な指示の書き込まれた楽譜を読み込み、6月に始まる長丁場の稽古に満を持して臨む。米国在住の迫田がオンラインでインタビューに答えた。

聞き手:加藤浩子◎音楽評論、藤盛一朗◎本誌編集


──《蝶々夫人》をどんな舞台で歌ってきましたか?

 初めての舞台は、2019年の藤原歌劇団の公演です。オペラ・デビューでした。昨年の夏にはアメリカのジョージア州サヴァンナで歌いました。客席の皆さんが蝶々さんに感情移入し、ピンカートン役にはブーイング。終わった瞬間は静かでどうしたのだろうと思ったら、泣く人が多かったから。カーテンコールは総立ちでした。
 《蝶々夫人》は、プッチーニのオペラの中でも言葉と音楽のリンクがとてもうまくいっている作品です。一つ一つの言葉に音楽が結びつき、繊細に、また詳細に描かれています。作曲者自身のお気に入りの作品であることが歌い手として実感されます。

情景や感情 速度や強弱で細かく

──例を挙げてください。

 第2幕のアリア「ある晴れた日に」。遠くの方で煙が一筋上がって、船が近づいてくるのが見えてくると歌う。「白い船が港に入って」「その礼砲を響かせる」のところに、プッチーニはそれぞれ「ウン・ポコ・モッソ」(少し動きをもって)と書いているのです。entra(入る)の歌詞のところは歌にも、管弦楽にもテヌート。礼砲の小節の管弦楽もテヌートです。
 それから第2幕の「手紙の二重唱」の後、”Che tua madre dovra”(母さんはお前を抱いて)のところ。情景を歌って子供に語りかけているところはずっと弱音で、ピアノとピアニッシモしかありません。『こんな不名誉な仕事をするなんて嫌』という自分の感情が出てきたところで初めてメゾフォルテになって、『人前で踊るくらいなら死んだ方がいい』と言うところでフォルティッシモに達します。感情の段階のガイドが書かれているんですね。
 これほど書いている作曲家はあまりいない。フレーズごと、単語ごとに指示がある。その通り歌った方がドラマティックに聴こえるんです。譜面に書かれたことを詳細に読み取るだけで、説得力のある表現ができる。素晴らしい作曲家だと思います。

声に配慮 独特のバランス配分も

──《ラ・ボエーム》のミミとの比較ではどうでしょう?

 ダイナミックレンジの広さが目立ちます。オーケストラとの兼ね合いも考えられているのだと思います。独特のバランス配分があり、自然にフォルテに行きたくなるところに、あえてピアノやピアニッシモの指示がある。プッチーニは声を知り尽くしていると思います。

──音色はいかがでしょうか?

 コントラストの作り方が大事です。第1幕と第2幕以降では音色が変わります。第1幕での蝶々さんは可憐な乙女で、1幕の終わりでは幸せの絶頂にいます。だから音色もきらびやかで、艶やかです。
 一方、第2幕はピンカートンを待って3年。月日の流れがあります。暗めの音色が求められます。

捉え方変わった自害の意味

──初めて全曲を歌ってから5年。音楽の理解はどのように深まってきましたか?

 すべてが深まってきました。声も成長しました。
 一つは蝶々さんの自害です。以前はただ単に棄てられ、名誉のために死ぬのだと思っていましたが、今は子どもの存在が大きいのだと考えています。
 現代ならハーフの子どもはふつうにいる。一人で育てられます。ですが、ゴローが(のけ者にされると)子どもの悪口を言うのは、当時の日本での生きづらさを言っているのではないでしょうか。子どもを渡すのをつっぱねて生きていく選択より、渡した方が子どもは幸せになれる。子どもが日本に思いを残すことのないように、と自害の道を選んだと今は解釈しています。

──この5年間の、自分を変えた音楽体験はいかがでしょう?

 2021年に新国立劇場で中村恵理さんが蝶々さんを歌われた時にカヴァーを務めました。間近で中村さんの演技を見、音の出し方、歌い方や感情表現の仕方など、大きな影響を受けました。発声が一段階変わった気がします。
 今年の2月にはヒューストンでアイリーン・ペレスさんが歌う蝶々さんを聴きました。声は大きくないのに言葉がダイレクトに心に響いて、蝶々さんは『声』だけではないと痛感しました。弱音で言葉がダイレクトに届きました。
 2016年のラヴェンナの「イタリア・オペラ・アカデミー」で、マエストロ・ムーティが《椿姫》の指導をした時のことです。マエストロは「ピアノは音が弱くなるのでなく、言葉が強くなる」と言ったことを思い出します。「通るピアニッシモ」を追求していきたいと思っています。

──蝶々さんはプッチーニが駆使する大編成のオーケストラと向き合わなければならないハードな役でもあります。声を保つために心がけていることは?

 蝶々さんを練習する時は、合間にモーツアルトや、ドニゼッティ、ベッリーニといったベルカントものを歌って、声を整えるようにしています。ドラマが綿密なので感情的には入っていきやすいのですが、入り込みすぎると音楽に呑まれてしまう。そうならないよう、どこかで冷静な自分を保つよう心がけています。

──兵庫芸文の舞台の印象は? 2022年に上演された《ラ・ボエーム》でミミ役のカヴァーを務めています。

 ホールの響きが良くて、とても歌いやすいです。またお客さまが近くて、ご自分の『推し』の気持ちになって、『公演を楽しみにしていました!』と言う感じで聞いてくださいます。

応えてくれるマエストロ

──佐渡裕さんとの共演への期待は?

 マエストロとは《ボエーム》のゲネプロでご一緒しただけですが、とても印象的でした。引っ張ってくださると同時に、こちらがやりたい音楽を全部拾って応えてくださる。その場でのやり取りを通して、こちらができること以上を引き出してくださいます。今回は一からご一緒に作り上げていけます。アイデアをいただいたり、自分も意見を言ったり…。とても楽しみです。
 蝶々さんを歌うのはとても光栄です。選ばれたからには、お客様があっと驚かれるような公演にしたいと願っています。


迫田美帆 Sakoda Miho

ソプラノ。東京藝術大学音楽学部声楽科卒業。第13回東京音楽コンクール声楽部門第2位。第86回日本音楽コンクール声楽部門入選。2019年《蝶々夫人》の題名役で藤原歌劇団デビュー後、《フィガロの結婚》伯爵夫人、《コジ・ファン・トゥッテ》フィオルディリージ等で出演。23年にはアメリカ・ジョージア州のSavannah Voice Festivalで蝶々夫人を歌い、絶賛された。国内主要オーケストラとの第九や宗教曲のソリストとしても活躍。藤原歌劇団団員

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公演情報

佐渡裕芸術監督プロデュースオペラ2024
プッチーニ《蝶々夫人》

7月12日(金)、13日(土)、14日(日)、15 日(月・祝)、17日(水)、18日(木)、20日(土)、21日(日)
14:00 兵庫県立芸術文化センター KOBELCO大ホール

指揮:佐渡裕
原演出:栗山昌良
再演演出:飯塚励生
蝶々夫人:迫田美帆*、高野百合絵
スズキ: 林美智子*、清水華澄
ピンカートン:ノーマン・レインハート*、笛田博昭
シャープレス:エドワード・パークス*、高田智宏
ゴロー:清原邦仁*、高橋淳
ヤマドリ:晴雅彦*、町英和
ケイト:キャロリン・スプルール ほか
(*は、12、14、17、20日に出演)

兵庫芸術文化センター管弦楽団
問い合わせ:芸術文化センターチケットオフィス 0798-68-0255